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BOOK

ペスト

アルジェリアのオラン市で、ある朝、医師のリウーは鼠の死体をいくつか発見する。ついで原因不明の熱病者が続出、ペストの発生である。外部と遮断された孤立状態のなかで、必死に「悪」と闘う市民たちの姿を年代記風に淡々と描くことで、人間性を蝕む「不条理」と直面した時に示される人間の諸相や、過ぎ去ったばかりの対ナチス闘争での体験を寓意的に描き込み圧倒的共感を呼んだ長編。(著書:アルベール・カミュ, 訳:宮崎嶺雄)

 
 「新型コロナウイルス」の世界的流行が始まってから、アルベール・カミュの著書『ペスト』に注目が集まっている。この物語は、アルジェリアのオランという町で未知のウイルス「ペスト」が発生し、その時の様相を書き留めた物語である。

 オラン在住の医師・リウーは、ある日ネズミの死骸を発見する。その出来事を契機に、未知の病・ペストがオランの町全体を襲い始め、ついに町は都市封鎖を余儀なくされる。そんな中、リウーはこの社会的な危機から脱する為、一市民として為すべき事を模索していく。物語では、リウーに限らず、役人・グランや町のよそ者・タルーといった者たちの献身的な姿も映し出されるが、彼らは決してヒロイズムを気取る素振りは見せない。義務としてではなく、自身の信念に従い淡々とその任務を遂行していく姿は、まさに有事の際におけるあるべき姿と言っていいだろう。

また、物語の中では神父(パヌール)や犯罪者(コタール)といった人物も登場するが、ペストという不条理の直面に対し、神と人間との親和性に疑いの目を向け、警察の手から逃れまわっている者の心情を、ペストに怯える市民の心境に喩えていたりと、人間観への深い考察も多分に含まれる。

 新型コロナウィルスによる感染が広がる今こそ読んでおきたい一冊であった。

敗戦後、元華族の母と離婚した“私”は財産を失い、伊豆の別荘へ行った。最後の貴婦人である母と、復員してきた麻薬中毒の弟・直治、無頼の作家上原、そして新しい恋に生きようとする29歳の私は、没落の途を、滅びるものなら、華麗に滅びたいと進んでいく。(著者:太宰治)

「斜陽」は、没落していく貴族の生活を描いた作品だが、その様相は暗さの中に耽美的な美しさを感じさせるストーリーである。その象徴的な場面が、主人公・かず子を通して描かれるお母様の姿だろう。まず、作品の冒頭では、お母様がスウプを飲む姿を描いているが、その姿が何とも上品で美しく、それ以降も、放蕩息子・直治を思いやる姿、娘・かず子を慈しむ描写は印象的である。また、物語が終盤に差し掛かっていくと、今度は、「人間は、恋と革命のために生まれてきたのだ」とかず子が心中で喚起したフレーズをテーマに物語が進んでいく。そこには恋に焦がれた一人の人間としての生き方と、自身の意思を貫き通すかず子の強さが感じられる。本作は、母と娘の慈しみある物語でありながらも、そこには太陽が傾き始める「斜陽」の如く時代の移ろいと悲しみを滲ませたストーリであった。

半飼いの少年サンチャゴは、その夜もまた同じ夢を見た。一週間前にも見た、ピラミッドに宝物が隠されているという夢。少年は夢を信じ、飼っていた羊たちを売り、ひとりエジプトに向かって旅にでる。アンダルシアの平原を出て、砂漠を越え、不思議な老人や錬金術師の導きと、さまざまな出会いと別れをとおし、少年は人生の知恵を学んでいく。(著者:パウロ・コエーリョ)


 全世界で81カ国語に翻訳され、8500万部の売り上げを誇っているアルケミスト。その内容は、宝物の夢を見た少年が、その夢を追いかけ旅に出るという物語だ。話の中では「前兆」「心の声」「大いなる魂」といったスピリチュアルめいた言葉が数多く登場するが、それは、夢を追う勇気を持った者だけに現れる兆しである。こうしたストーリーに対し「前兆や運命など、ただの偶然に過ぎない」と考える方もいるかもしれない。しかし、人生を理路整然と割り切るより、そうした神秘的な要素を自身のエネルギーに変え、それを励みに夢を追究し続ける人生の方が遥に実りがあると思う。そして、そんな夢追う者の人生はいずれ運命となってやがて宇宙が味方してくれるのである。本書は、単なる自己啓発本といった部類の本でなく、勇気を持って行動する事の大切さも教えてくれた本でもあった。

アルケミストにあった好きなフレーズ
少年は、直感とは、魂が急に宇宙の生命の流れに侵入することだと理解し始めた。そこでは、すべての人の歴史がつながっていて、すべてのことがわかってしまう。そこにすべてが書かれているからだ。

ソクラテス、プラトン、ベンサム、キルケゴール、ニーチェ、ロールズ、フーコーetc。人類誕生から続く「正義」を巡る論争の決着とは?私立高校の生徒会を舞台に、異なる「正義」を持つ3人の女子高生のかけ合いから、「正義」の正体があぶり出される。(著者:飲茶)

 
 本書は、生徒会長である今中正義を中心に、功利主義者である最上千幸、自由主義者であるリバティ・ミユウ・フリーダム、直観主義者の徳川倫理、そして倫理の授業を行う風祭先生を巻き込んで「正義とは何か?」について考えていく。哲学自体をテーマにした小説は珍しいが、話の中でも登場人物の過去に触れた様々な伏線が散りばめられているので、読んでいる者を飽きさせない構成となっている。むしろ、哲学書というより一つの小説といってもいいぐらいである。

 小説というジャンルを通して哲学に触れてみたいと思う方に薦めたい本である。
※ 個人的に最後のオチは、とてもよかったと思いました。

徳川四代将軍家綱の治世、ある「プロジェクト」が立ちあがる。即ち、日本独自の暦を作り上げること。当時使われていた暦・宣明暦は正確さを失い、ずれが生じ始めていた。改暦の実行者として選ばれたのは渋川春海。碁打ちの名門に生まれた春海は己の境遇に飽き、算術に生き甲斐を見出していた。彼と「天」との壮絶な勝負が今、幕開く――。日本文化を変えた大計画をみずみずしくも重厚に描いた傑作時代小説。第7回本屋大賞受賞作。(著者:冲方丁)

 
 時は17世紀、当時日本で使われていた暦・宣明暦が正確性を失い初め、幕府は国家の威信にかけて新たな暦を作り出す必要に迫られていた。その担当者として選ばれたのが、本作の主人公・渋川春海である。本書は、渋川が新たな暦である”貞享暦”を作り出すまでの軌跡を描いているが、その過程は常に失敗と苦悩を重ねる日々である。しかし、そんな状況下でも、決して諦めずに貞享暦を完成させた彼の物語は、大きな気概を与えてくれた。和算の歴史や天文暦学者の人生に興味のある方に薦めたい本である。

・ぼやき
 所々、話の中で関孝和が描かれているが、彼の生涯を知ると、渋川春海が作り出した”貞享暦”に不満を抱いてしまい、何とも言えない気分になってしまう。決して、渋川春海が悪いという意味ではないのだが。。

売れない芸人の徳永は、熱海の花火大会で、先輩芸人である神谷と電撃的に出会い、「弟子にして下さい」と申し出た。神谷は天才肌でまた人間味が豊かな人物。「いいよ」という答えの条件は「俺の伝記を書く」こと。神谷も徳永に心を開き、2人は頻繁に会って、神谷は徳永に笑いの哲学を伝授しようとする。吉祥寺の街を歩きまわる2人はさまざまな人間と触れ合うのだったが、やがて2人の歩む道は異なっていく。徳永は少しずつ売れていき、神谷は少しずつ損なわれていくのだった。お笑いの世界の周辺で生きる女性たちや、芸人の世界の厳しさも描きながら、驚くべきストーリー展開を見せる。笑いとは何か、人間の本質とは何かを描ききり第153回芥川賞を受賞(著者:又吉 直樹 )


 ストーリーについては冒頭の紹介にもあるように、芸人哲学を克明に描いた作品となっている。そして、その巧みな文章表現からなのか、各場面での情景や登場人物の起伏あふれる感情が容易に想起できるほど繊細な仕上がりとなっている。また、以前番組でピース又吉さんは太宰治さんが好きであると特集されており、そのせいもあるのだろうか、読んでいてとても人間味溢れた文章を書くなあ、とも感じた。(ちなみに、太宰治の本では個人的に「斜陽」が好き)。

 「火花」は芸人であるピース又吉さんご自身が実際に芸人の生き様を描いている事もあり、本書は読んでいて一味違った説得力を感じた。芸人哲学に触れてみたい方に、是非一読を薦めたい本である。

「安全地区」に指定された仙台を取り締まる「平和警察」。その管理下、住人の監視と密告によって「危険人物」と認められた者は、衆人環視の中で刑に処されてしまう。不条理渦巻く世界で窮地に陥った人々を救うのは、全身黒ずくめの「正義の味方」、ただ一人。ディストピアに迸るユーモアとアイロニー。伊坂ワールドの醍醐味が余すところなく詰め込まれたジャンルの枠を超越する傑作!(著者:伊坂幸太郎)


 舞台は日本。平和警察が国家権力を手中に収め、彼らに抗おうとするものなら、即座に刑務所へ連れて行かれ公開処刑に処せられる。しかし、そうした状況の中、ある一人の人物が立ち上がり、謎の武器を使って平和警察を混乱させてゆく。

 本書は、そんなディストピアとなった世界を描いた作品だが、読んでいるとジョージ・オーウェルの作品”一九八四年”を想起させ、極度な監視社会に警鐘を鳴らした構成ともなっている。推理小説を楽しみたい方、正義とは何かについて考えたい方にオススメです。

幸か不幸か生まれながらのテレパシーをもって、目の前の人の心をすべて読みとってしまう可愛いお手伝いさんの七瀬――彼女は転々として移り住む八軒の住人の心にふと忍び寄ってマイホームの虚偽を抉り出す。人間心理の深層に容赦なく光を当て、平凡な日常生活を営む小市民の猥雑な心の裏面を、コミカルな筆致で、ペーソスにまで昇華させた、恐ろしくも哀しい本である。(著者:筒井康隆)

 小説の主人公・七瀬は生まれつき備わった能力・テレパシーを備え、家政婦として働いている。そんな七瀬が訪れる訪問先は、表面上は穏やかでも、心の内面ではお互いをいがみ合い、嫉妬や欲望、醜悪さが入り乱れた家庭が多く、人間の浅ましくも醜い心理的状況を如実に描き出している。

 元来、人の本性は荀子が唱えるところの「性悪説」と孟子が唱える「性善説」があるとされるが、本書をその説に当てはめるなら、まさに性悪説にフォーカスを当てた作品であると言えるだろう。

 人間の心の闇に興味がある方は、ぜひ一度読んでみてはどうだろうか。

 この本の主人公である本田潤一君は、15歳の中学生で、周りからは「コペル君」という名の愛称で親しまれる(ちなみに、コペル君とは、彼の叔父さんが地動説を唱えた偉人”コペルニクス”に因んで付けた名前だ)。そんなコペル君は、成績優秀でスポーツも卒なくこなし、浦川君や北見君といった思いやりある友人と一緒に楽しい学生生活を送っていく。だが、ある事件をきっかけに、コペル君は彼ら友人との間に亀裂を生じさせてしまい、塞ぎ込んでしまう。そんな時、コペル君を見かねた叔父さんは、彼にある助言を送り、自身の犯した過ちに向き合かう決心をする事になる。本書は、そんなコペル君の人生を通し、人としてあるべき姿を学んでいく道徳教本のような本となっている。

 本書は、1937年に出版された本であるが、2017年に漫画化されて話題となり、今では200万部以上の売り上げを記録している。興味のある方は、是非一度読んでみては如何だろうか。

出版社の営業部員・馬締光也は、言葉への鋭いセンスを買われ、辞書編集部に引き抜かれた。新しい辞書『大渡海』の完成に向け、彼と編集部の面々の長い長い旅が始まる。定年間近のベテラン編集者。日本語研究に人生を捧げる老学者。辞書作りに情熱を持ち始める同僚たち。そして馬締がついに出会った運命の女性。不器用な人々の思いが胸を打つ本屋大賞受賞作!(著者:三浦しをん)


 電子辞書が巷に溢れる今日この頃、紙の辞書を使う人は昔に比べ、めっきり減ってしまったと思う。「舟を編む」という小説は、そんな巷に溢れる電子辞書作り…ではなく、紙の辞書作りに情熱を傾けた者たちのストーリーだ。

 本書を読む前、私は「辞書を作るって、言葉の意味を丁寧に記載していくだけなのでは?」と思っていた。しかし、その作業には用例確認(その言葉が使われている文献を明記し、使用例を具体的に引用して示した部分)をする為、20人以上のアルバイトが徹夜で確認作業を行ったり、ありきたりな言葉でも、その語源や背景を理解する為に熱く真剣に議論を交わしていたりと、予想の斜上をいく展開が待ち受けている。さらに、紙の辞書に触れた時のあの質感や捲り易さを実現する為に、並々ならぬ努力が注がれている場面は特に印象的であった。

 口下手で人見知りだけど、言葉へのセンスは一流の主人公・馬締、料理人で美しく、後に馬締の妻となる香具矢、チャラいけど頼りになる男・西岡といった個性は揃いの登場人物たちも、この物語をさらに引き立てる。

 辞書という言葉の世界を泳いでみたい方は、是非一読してみてはいかがだろうか。