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武器になる哲学

 哲学というと「実世界では使えない教養」と捉えられてきたが、それは誤解。実際は、ビジネスパーソンが「クリティカルシンキング」つまり現状のシステムへの批判精神を持つために、重要な示唆をくれる学問である。本書では、“無知の知”“ロゴス・エトス・パトス”“悪の陳腐さ”“反脆弱性”など50のコンセプトを、ビジネスパーソン向けの新しい視点で解説。現役で活躍する経営コンサルだから書けた「哲学の使い方」がわかる1冊。(著者:山口周)

    私は哲学という学問がわりかし好きで、哲学関連の図書を読むのが好きなのだが、周りにそんなことを話すと決まって言われることがある。それは「時間の無駄」「役に立たない」といった否定の返事の数々である。なので私は、その有用性を訴えようと試みるのだが、何せ抽象的な考えを言語化するのは非常に難しく、なかなかうまく説明できない。(なので近々、これについてエッセイで考えをまとめてみたいと思ってる)。

    そんな経緯もあり、ふと立ち寄った書店の店頭に今回紹介する図書が置いてあったので読んでみると、先ほど私が挙げた悩みを一気に解消してくれるほど明快な説明がされており、これがなかなかに面白い。

    著者は、本書の中で哲学を学ぶ重要性について述べているのは勿論だが、自身が現役コンサルタントである立場から、その哲学的思考はビジネスの場においても非常に有用であるとして、哲学者のキーコンセプトを引き合いにだし解説している。

    例えばその一例として、人類学者のレヴィ・ストロースが唱えた「ブリコラージュ」という概念を紹介しているが、ブリコラージュとは、本来フランス語で「寄せ集めの素材で何かを作る」ことを意味する言葉だが、ここで引用される所での意味は「何の役に立つかよくわからないけど、なんかある気がする」というグレーゾーンの直感だ。

    この概念は、レヴィ・ストロースが南米のマト・グロッソの先住民達を研究し、彼らがジャングルの中を歩いていて何かを見つけると、その時点では何の役に立つかわからないけれども、「これはいつか何かの役に立つかも知れない」と考えており、実際に拾った「よくわからないもの」が、後でコミュニティの危機を救うことになったりすることがあるため、この「後で役に立つかも知れない」という予測の能力がコミュニティの存続に非常に重要な影響を与えると考えたことが由来となっている。

    実際にこの思考が役に立った一例として、著書では「アポロ計画」を取り上げている。アポロ計画は、少し引いて考えてみると、それは「月に行こう!」という計画で、一体それが何の役に立つのか全くわからないプロジェクトである。しかし、アポロ計画のような長期宇宙飛行においての必要性から生じた技術である集中治療室=ICU(Intensive Care Unit)は、患者の身体に、生命に影響を及ぼすような変化が起こったらすぐにそれを遠隔で医師や看護師に知らせるというシステムで、宇宙飛行士の生命や身体の状況を遠隔地からモニターして、何か重大な変化が起これば即座に対応するという仕組みは、アポロ計画がなければ実現できなかったか、あるいは実現が大幅に遅れていたであろう技術であり、今日の医学に多大な貢献をもたらしている。

    その他にも、ライト兄弟が開発した動力飛行や、エジソンが発明した蓄音機など、彼らが当初想定していた用途とは全く異なる領域で発展していることを引き合いに出し、「ブリコラージュ」という哲学的思考法を展開しているが、そのような事例を出し、勿論用途市場を明確化することも大切だが、世界を変えるようなイノベーションは「何となく、これはすごい気がする」という直感に導かれて実現していることを忘れてはならないとして締めている。

    こうした哲学的コンセプトの考え方と使い方を、本書のテーマ「武器になる哲学ー人生を生き抜くための哲学・思想のキーコンセプト50ー」とあるように、その数50収録されているが、このように事例を踏まえた解説をされると、「確かに哲学って有用で実用的な武器なんだなあ」と思ってしまうのは私だけではないだろう。

    哲学がビジネスに於いて、どのような役に立つのか最知りたい方は、是非一度手にとって読んでみてはどうだろうか?