LIFE ACADEMIC

ESSAY

「素数大富豪」と「リーマン予想」

最近、はまっているカードゲームがある。その名も「素数大富豪」。このゲームはニコニコ超会議に参加した時の催しで初めて知ったのだが、思った以上に面白い。

    ルール自体は「大富豪」と変わらないが、出すカードをすべて素数に限定するという恐ろしく頭を使うゲームなのだ。当然、偶数は扱いにくいカードになり、奇数は貴重なカードとなる。これらのカードをどのようにうまく組み合わせ素数を作るかで勝敗が決まるのだが、思考時間も一人20秒までと決まっており、4桁以上の素数を作って失敗したらより多くのカードをペナルティとして引かなければならないなどの決まりもある。

    そんな頭がフル回転する「素数大富豪」に最近興じているわけだが、私はその時、「リーマンさん」のことをふっと思い出す。リーマンさんとは別に私の親戚でもなければ友達でもない。数学界のミレニアム問題の一つ『リーマン予想』を世に送り出した生みの親の名前がリーマンさんなのだ。


Bernhard Riemann
画像出典:Wikipedia

    ミレニアム問題とは2000年にアメリカのクレイ数学研究所によって発表された7つの数学の未解決問題のことだが、なんと1問の証明につき100万ドルの懸賞金がかけられている(そのうちの一つ、ポアンカレ予想は2006年にグレゴリー・ペレルマンによって証明済み)。そして、私が思いをはせるリーマンさんのリーマン予想はミレニアム問題の一つというわけである。

    すでにお気づきかもしれないが、リーマン予想は「素数」に関する問題で、1859年に発表されて以来、未だ証明されていない。しかもこの難問は、数々の伝説的な数学者(オイラーやアラン・チューリングなどなど)も挑戦したが、それでも解明には至らず、挙句の果ては、リーマン予想を証明できないばかりに精神を病み、自殺に追い込まれた数学者さえもいるのだ。

    こうした話を聞くと、リーマン予想の証明は、数学者にとって最大の栄誉の一つと言えるだろうが、その証明に関心を寄せるべきは数学者にとどまらない。実はこの難問が証明されると、我々の生活の根幹を揺るがしかねない大問題に発展する可能性がある。

    現在、私たちは生活の中であたり前のようにクレジットカードを利用しているが、インターネットでその情報を暗号化して送る際に「RSA暗号」によって暗号化された番号が使われているが、実はこの番号に素数が大きく関わっている(注1)。

    RSA番号は、二つの整数でできた「公開鍵」と、二つの巨大な素数でできた「秘密鍵」が暗号化される際に使われる番号で、公開鍵のうち一方の整数は、秘密鍵の二つの巨大な素数の積である。この二つの巨大な素数を掛け算して作った巨大な整数は、もとの二つの巨大な素数に素因数分解することは事実上不可能なので、この性質を利用したものがRSA暗号となるのである。

この仕組みを、もう少しわかりやすい表現に直してみたいと思う。

    今、あなたの目の前に52枚のトランプカードがあり、そのカードをトランプ手品のシャッフルのようなやり方でクレジット番号を暗号化する。ただし、ここで使うのはその52枚のトランプカードではなく100桁以上の膨大な枚数のカードで、これらのカードに買い物客のクレジットカード番号を混ぜ込むのだ。
    買い物客がこのカードの山の一番上にクレジットカードの番号を置くと、ウェブサイトはカードをよく切って、買い物客のカード番号がどこにあるかわからないようにする。これによってハッカーは、ごちゃ混ぜになったカードの束からたった1枚のカードを取り出すという、ほぼ不可能な作業に直面することになるが、ウェブサイトの側は、ちゃんと問題のカードを取り出すことができる。フェルマーの小定理のおかげで、さらに何度かシャッフルすれば、クレジットカード番号をふたたびカードの山の一番上に出すことができるのだ。そして、カードを一番上に持ってくるためのこのシャッフルの回数こそが、ウェブサイトを運営している企業だけが知る秘密の鍵なのである(ソートイ, 2013)。

    つまり、リーマン予想の証明は、素数の謎を解き明かす意味合いを持つだけでなく、素数の不規則性を利用した機能(クレジットカード・テレビの有料放送・国家機密通信など)が使えなくなる可能性も意味しているのである。

    その為、アメリカでは、国家安全保障局が素数に関する論文や会合に目を光らせており、さらに、数論のある種の業績は、たとえそれがもっとも難解な数学誌に掲載される類のものであっても、印刷にかける前に保障局の許可を受けなければならなくなっている(ソートイ, 2013)

    たかが素数、されど素数…こんな数学を巡るドラマチックな話をもっと昔から知っていれば、微分積分・シグマ・証明問題等々、もっと興味を持って勉強しただろうなあ、と今更ながら素数大富豪をして思うのであった。

注1-    RSA暗号のRSAとは、この暗号を開発した3人の人物の名前( R. L. Rivest、A. Shamir、L. Adleman)から取られている。

参考資料

NHKスペシャル 『魔性の難問 リーマン予想・天才たちの闘い』 2009年放送

素数大富豪とは?初心者のためのルール&ちょっとしたコツ集

参考図書

Marcus du Sautoy, マーカスデュ・ソートイ(2013) 『素数の音楽』 (冨永 星訳) 新潮社