LIFE ACADEMIC

ESSAY

昆虫が未来を救う…?

 

コオロギ

 
 去年の10月、私は都内の民間講座で昆虫食マイスターという講義を5回にわたって受講した。この講座では、文字通り昆虫食について学んでいくのだが、その講義内容が実に面白い。例えば第1回の講座では、多摩川の土手に行ってバッタを捕まえて食したり、第2、3回目では、コオロギ・カブトムシといった昆虫の味見に加え、オーストラリア原産のマダガスカルゴキブリに触れることもできた。そして極め付けは、昆虫を使った調理実習だ。実習ではミルワームという幼虫を使ってパンクッキーを作ったり、イナゴから出汁をとりつけ麺を食べたりと、何ともインパクトが強烈な講義の数々であった。

ジョウロウグモのビスケットデザート
マダガスカルゴキブリ
ミルワームのパンクッキー

 そんな経緯もあり、昆虫食の話を興奮しながら周りに話したが、「よく昆虫なんて食べられるね….。」「昆虫食ってあれでしょう…確かゲテモノって言われる食べ物」「昆虫以外の食べ物がこの世から消えたら、その時はもう死ぬ時だよね」といった否定の数々であった(勿論、興味関心を示してくれた方も中にはいる)。確かに彼らの言うことに全く共感できない訳ではない。何せ、私自身も昆虫はどうみても動物と比べたら美味しそうには見えないし、唾を飲み込むほど食欲を掻き立てられるかと言われると、彼らと同じく首を傾げてしまうからだ。では、なぜ私は今回昆虫食の講義を受講しようと思ったのか…。それは、「昆虫食が好きだから!」という理由よりも、昆虫食という「食」に対して以前から非常に関心があった事がその理由としてあるからだろう。

 現在、昆虫は世界で約20億人もの人々に食されているが、人類が昆虫を食べ始めた歴史は長い。その歴史を遡ると、アウストラロピテクスが400万年前に誕生して以来からとなるが、有史時代になると、昆虫食について書かれた文献が見られるようになる。例えば、哲学者・アリストテレスは『動物誌』にこう書いている。

地中で最大限に大きくなったセミの幼虫は若虫になる。その殻が壊れる前がいちばん美味しい…(成虫なら)まず雄で、交尾後がよく、ついで白い卵がいっぱいの雌が美味しい

 
 詩人・アリストファネスは、バッタが鶏肉屋で「四枚の羽をもつ鶏肉」として売られていたと書いており、歴史家・ヘロドトスは乾燥イナゴについて次のように記している。

エジプトとフェゼンのあいだの住民はイナゴを追いかけ、それを天日で乾かし、粉にし、ミルクの上に振りかけるーこの滋養分のある飲み物は、現代の調製された乳製品に匹敵することは間違いない。


 また、『コーラン』によれば、マホメットはバッタを食べながら「二つの死体(動物)と二つの生命ー肝臓と脾臓、魚とバッターを食べるのは法の許すところである」と説教しており、『聖書』では、昆虫食についてこのような記述がされている。

「ヨハネは、らくだの毛皮を着、腰に皮の帯を締め、いなごと野蜜を食べ物としていた」(「マタイによる福音書」三章四節)

羽があり、四本の足で動き、群れを成す昆虫はすべて汚らわしいものである。ただし羽があり、四本の足で動き、群れを成すもののうちで、地面を跳躍するのに適した後ろ肢を持つものは食べてよい。(「レビ記」十一章二十 – 二十二節)

 
 このように、昆虫食は人類にとって昔から大変馴染み深い食べ物として食されているわけだが、現代においては、化学肥料の開発やグローバル化に伴う食文化の移り変わりもあり、昆虫を食す機会が徐々に失われているように見える。しかし近年、「世界のベストレストラン50」で1位を獲得した「NOMA」が、アリやコオロギを使ったメニューを提供して話題となり、篠原祐太さんが日本で世界初の「コオロギラーメン」を開発したりと大きな注目浴びている。そしてさらに、昆虫食を未来のスーパーフードとして期待する視線は特に熱い。

 2013年、国連食糧農業機関(FAO)が人口増加や温暖化対策の一つとして”昆虫食”を提案したが、実際に昆虫食のサスティナビリティは驚くほど地球に優しく、生産効率に優れている。例えば、飼育変換効率について見てみると、肉を1キログラム増やす為には、牛は10キログラムの餌が必要だが、コオロギはたったの2キログラムで済む。また、可食部率では、牛が40%なのに対し、コオロギは脚と外骨格部分を除いた体重の80%を食べる事ができ、飼育スペースと生産量の観点からみても、1立方メートルあたりのカイコ幼虫の生産量が221キログラムなのに対し、ブロイラーが105キログラムと、省スペースでの大量生産が可能である。さらに、温室効果ガス排出量を家畜とで比較した結果では、ミールワームは豚の10分の1以上、牛の400分の1程度で、ヨーロッパイエコオロギでは豚の 50 分の1、牛の2000分の1程度に抑えられると報告されている(水野, 2016)。 このように、昆虫食は畜産動物と比べ生産性や環境面に大変優れており、しかも、人体に必要なエネルギーも十分に賄えるので、まさに昆虫食は文句の付けようがないスーパーフードといっていいだろう。(ちなみに、シロアリの栄養価は非常に高く、1食あたり23グラム(大さじ一杯半)で必要な栄養素を摂取できる)。

 近年、地球資源の枯渇が著しくなる一方で、世界人口は増加の一途を辿り、2050年には100億人を突破すると予測されている。今はまだ、肉や魚といった動物性食品がスーパーに立ち並ぶが、今後数十年先の食糧事情を見越した時、その未来の行く末はどうなっているかわからない。近い将来、当たり前のようにスーパーに昆虫が立ち並び、スシネタも昆虫にとって変わる日が来るのかもしれない。


参考文献

内山昭一(2012) 『昆虫食入門』 平凡社
内山昭一(2019) 『昆虫は美味い!』 新潮社
水野 壮『現代の昆虫食の価値―ヨーロッパおよび日本を事例に―』(フェリス女学院大学国際交流学部紀要、2016)



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