LIFE ACADEMIC

ESSAY

「一番好きな歌は何?」と聞かれて思ったこと

  先日、友人と話をしていた時に話題が音楽の話となり、「一番好きな歌は何?」と聞かれた。

    「一番好きな歌…好きな歌と言われても、歌詞・曲調・リズムとか、一つ一つの歌に対する思い入れはそれぞれだから、ランクなんてつけられないんじゃない」と思い返答に困ったが、でもまあそう言われて「一番好きな歌…歌ってる人…エド・シーラン、 superfly、中島みゆき、平沢進etc…一体どれだろう」と暫く逡巡した後、「たぶんジョン・ニュートンの『Amazing Grace』かな」と私は友人に向かって言った。

    そう答えた時、彼は怪訝な表情をして「『Amazing Grace』はすごく有名な歌だから知ってるけど、ジョン・ニュートンって一体誰?」と言われてしまった。

    『Amazing Grace』、この歌は皆さんも一度はどこかで耳にしたことがあるだろう。国内外問わず世界で幅広く歌われ、多くの有名アーティストにもレコーディングカバーされている国際的な歌だ。
    しかし、ジョン・ニュートンはどうだろうか?おそらく日本ではあまり知られていない名前だと思っているのだが(知っていたらすいません)、実は彼こそが 『Amazing Grace』を作詞した人物であり、彼の生涯を知った後にもう一度この歌を聞くと、私は胸を打たれずにいられないのである。

    ここで、ニュートン の人生を簡単に紹介したいと思う。

John Newton
(画像出典:Wikipedia)

    ジョン・ニュートンは1725年生まれの男性で、貿易船の船長の息子としてロンドンで生まれた。母は熱心なクリスチャンだったが、ニュートンが7歳になる前に病死する。その後、ニュートンは11歳で父と共に船に乗るようになるが、さまざまな経緯を経て奴隷貿易に携わるようになった。その頃のニュートンの評判は、反抗的で、罰当たり、不親切というものだった。

    しかし、ニュートンが22歳の時に転機が訪れる。1748年5月10日、激しい嵐が船を襲い、転覆の危機にあった船中でニュートンは神の慈悲を求めて必死に祈ったのだ。すると、船は奇跡的に嵐を免れ、この経験がニュートンの回心の「始まり」となったのである。1754~1755年の間に、ニュートンは奴隷貿易をやめて神学を学び始めるようになり、そして1764年、ついにニュートンは英国国教会の牧師になったのだ。

    ニュートンは、黒人たちをまるで家畜のように扱う奴隷貿易を直ちにやめるわけではないが、最終的には過去の生き方と決別し、その罪を悔い改め、奴隷貿易に反対した政治家、ウィリアム・ウィルバーフォースと共に奴隷貿易廃止運動を活発に推進した。ニュートンは奴隷がひどい扱いを受けていることを正直に語り、1807年3月、英国はついに奴隷貿易を禁止する(注1)。そして同年12月、82歳で地上での生涯を終えるのである。(CHRISTIAN TODAY, 2017)

    冒頭の歌詞に軽く触れたいと思う。

Amazing grace how sweet the sound
素晴らしき神の慈しみよ、なんと美しき響きか
That saved a wretch like me.
こんな悪人まで救ってくださった
I once was lost but now am found,
道を外れた私を見つけて下さった
Was blind but now I see
見えなかった目も今は開かれた(注2)

    歌詞を読むと、まさにニュートンの人生そのものが『Amazing Grace』という歌に反映されているのがわかるだろう。(注3)

    こうした神秘めいた話に対し、「神なんているはずないじゃん」「これって自分の頭で作り上げた都合のいい物語じゃないの?」と共感し得ない読者も中にはいるだろう。

    しかし、奴隷貿易に手を染めていた一人の人間が、人知をはるかに超えた大自然の力を目の前にした時、何一つ抗うことができず、ただひたすらと万物の創造主に祈ることしかできなかった。その体験が、その後の彼の人生を突き動かす原動力となったのは紛れもない事実であり、そこでニュートンは、自分が斯くも儚く弱い存在であることに気づき、自身が犯してきた誤ちを認め改心し、救われたのである。

    そう思うと、私はアメイジング・グレイスを耳にする時、ニュートンの過去に対する心の葛藤と、それに正面から向きあう謙虚で力強い声を、その美しい旋律の中に聞くのである。

注1-     これは、リンカーンの奴隷解放宣言が1862年であるのに対し、それよりも半世紀早く、イギリスで奴隷貿易が禁止されていたことになる(知らなかった…)

注2-    ニュートンは晩年、失明に苦しむ事になるが、それにより一層心の目が鮮明になったことがこの一文からうかがえる

注3-     ここでの歌詞の邦訳は、映画『アメイジング・グレイス』を基に記述した。

参考資料

Michael Apted(2011) 『アメイジング・グレイス』, Happinet(SB)(D)

説教者に変えられた元奴隷商人「アメイジング・グレイス」の作者、ジョン・ニュートンの7つの言葉. CHRISTIAN TODAY. 2017/7/31
https://www.christiantoday.co.jp/articles/24205/20170731/amazing-grace-john-newton-7-quotes.htm