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それをお金で買いますか – 市場主義の限界 –

刑務所の独房を1晩82ドルで格上げ、インドの代理母は6250ドル、製薬会社で人間モルモットになると7500ドル。あらゆるものがお金で取引される行き過ぎた市場主義に、NHK「ハーバード白熱教室」のサンデル教授が鋭く切りこむ。「お金の論理」が私たちの生活にまで及んできた具体的なケースを通じて、お金では買えない道徳的・市民的「善」を問う。ベストセラー『これからの「正義」の話をしよう』に続く話題の書。(著者:マイケル・サンデル)


 本書は2011年に刊行され話題となった本『これからの「正義」の話をしよう』を書いたマイケル・サンデル氏の著書である。サンデル氏はコミュニタリアニズム(共同体主義)の論者として有名であるが、今回取り上げる本では「市場主義の限界」と題してお金の倫理を扱っている。

 ここでいうお金の倫理とは、名誉、愛情、公共といった本来お金で買うことのできない道徳的規範のようなものを指している。しかし、今やそうした市場で侵されるべきでない所にまで市場の支配が及んでいる事に著者は警鐘を鳴らしている。

 その一例として、本書で取り上げている「お金を払ってサイを狩る」権利について紹介してみよう。

 1970年から1992年にかけて、アフリカの絶滅危惧種であるクロサイの生息数は密猟により6万5000頭から2500頭を下回るまでに減少していた。1990年代と2000年代、一部の野生生物保護団体と南アフリカ生物多様性保全の当局者は、絶滅保護種の保護に市場的インセンティブ(報酬)を活用しようと考えはじめ、民間の牧場主に限られた数のクロサイを打ち殺す権利をハンターに認め、クロサイを繁殖させて世話をさせるように促した。

 結果としてこの市場的な解決策は功を奏し、クロサイの数は回復しはじめたが、これを市場の勝利と位置づけるのは難しいだろう。確かにクロサイを狩ることを認めることでクロサイが絶滅する恐れがなくなり、牧場主には市場的インセンティブ(15万ドル)という大金が手に入るメカニズムは非の打ちどころがないように見える。

 しかし、本来絶滅危惧種であるクロサイを救うという行為は市場が介入するべきでなく、人間が他の生物種の生命意思を尊重しあい、共に生きている道徳的な意思によって行われなければならない。この意思を無視するとある生物種を人間が絶滅させたという嫌悪感がなくなり、理性で物事をはかることができなくなる恐れがあるからだ。実際にこのクロサイの数が回復し始めたという現象は、一見クロサイを市場の力で救ったように見えるが、あくまでそれは功利主義の立場にたっての事であり、そこには義務論として生命を尊重する意思が欠けている。

 著者は、こうした市場と道徳的な事例をクロサイ以外にも、ダフ行為・行列に並ぶ商売・生命保険など、様々な具体的なケースを引き合いに出し、その倫理的な是非を述べている。行き過ぎた市場主義に危機感を感じている方におすすめしたい本です。